2012年7月31日火曜日

中国共産党の「宮廷闘争」

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レコードチャイナ 配信日時:2012年7月31日 13時52分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=63379&type=0

中国共産党の「宮廷闘争」
=秘密会議・北戴河会議で新指導陣を決定へ―独メディア

 2012年7月29日、独ラジオ局ドイチェ・ヴェレ中国語版サイトは記事
 「宮廷闘争と人民の力」
を掲載した。

 今秋、中国共産党のトップが交代する中国共産党第18回全国代表大会(十八大)が開催される。
 しかしそれは表の姿。
 夏に河北省秦皇島市の避暑地・北戴河で行われる非公式会議・北戴河会議が実質的な決定の場となる。

 中国共産党の現役指導者、元老が集まり、自らの影響力を残そうと画策し、話し合いを続ける。
 次期共産党総書記就任が確実な習近平(しゅう・きんぺい)がたとえ改革を志向していたとしても、元老の意見を無視することはできない。
 その意味で大きな改革は期待できないとの指摘もある。

 一方で中国共産党は危機に瀕している。
 選挙で選ばれていない党への支持は次第に弱まり、若者は関心を失いつつある。
 民主主義を導入する声も高まっている。
 また、政府に抗議するデモも激化の兆しを見せている。
 先日、江蘇省南通市啓東市で起きた工業用排水管建設反対デモでは暴徒化した民衆が市庁舎に乱入。
 書類や高級酒、コンドームなどを探し出してはばらまき、市政府トップの服を破って丸裸にした



 Wikipediaから。

北戴河区(ほくたいが-く)は中華人民共和国河北省秦皇島市に位置する市轄区。
渤海湾に臨む著名なビーチリゾートであり、北京からは東へ280kmの位置にあり、比較的気軽に訪れることのできる観光地である。


 北戴河が党幹部の保養地として一般の立ち入りを制限していた頃、毛沢東はじめ中国共産党の指導者たちは7月になると必ず北戴河へ避暑と休養に行き、その間、戦略的に重要な議題を話し合う非公式の会議群(俗に「北戴河会議」と呼ばれる)を数多く開いたため、「北戴河」は一定の政治上の意味を持っていた。
 あるアメリカの外交官は北戴河のことを「smoke-filled room」(秘密会議用の部屋)と呼んでいた。
 ここで根回しされた政策は秋以降、公式の会議で正式に決定するため、外交官やチャイナ・ウォッチャーたちは北戴河での情報収集を重視していた。

 北戴河会議は文化大革命時に一旦なくなったが、鄧小平時代に復活した。
 しかし1980年代後半以降、避暑地での党務が批判的に見られるようになると、幹部が全員そろって北戴河に集まることはまれになり、やがて北戴河会議も幹部が個人的に会って話し合いをする小規模なものになって重要性は薄れていった。

 2003年か2004年には、胡錦濤国家主席は北戴河会議を廃止したと見られる。
 一つには、従来の儀礼や式典を廃止するなど党の質素なイメージ作りを進める胡錦濤や温家宝らの目的には、リゾートに集まっての会議はそぐわないこと、もう一つは、胡錦濤は非公式な会合よりも党や政府の正式な機構を通してリーダーシップを発揮しようとしていることがあげられる。





【国家の品格=ゼロ】



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